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Technical Notes — Patent No. 7936642

特許編|AQシールド船艇塗料の特許技術

溶出なし、外部電源なし、磁場配向もなし。それでいて防汚が効く——その「なぜ」を、特許公報の記載に沿って読み解きます。

INTRODUCTION — はじめに

このページについて

このページは、AQ SHIELD MARINE/MARINEαの防汚技術の基盤である特許公報(特許第7936642号、発明の名称:海洋生物付着抑制防汚塗料)に基づく、専門的な読者向けの技術解説です。数値・試験条件・評価はすべて公報の記載どおりに引用し、公報が「推定」としている作用メカニズムは、推定として明記します。

ここで解説する「船艇塗料」は、船舶だけでなく海洋構造物や沿岸インフラまでを含む、特許技術としての適用範囲を指す言葉です。製品としての MARINE/MARINEαは船底専用である点は、ホームページ側の説明と変わりません。

MATERIAL — 素材の話

素材の話 — シリカ、水晶、ガラス

朽ちる膜と、朽ちない膜。

石油から生まれる樹脂の膜は、紫外線と酸素にさらされ続け、少しずつ酸化して色あせ、ひび割れていきます。いっぽうシリカ(SiO₂)は、ケイ素が酸化しきった完成形の物質です。もう酸化のしようがなく、紫外線でも分解されません。水晶の輝きが何千年も変わらないのは、そのためです。AQ SHIELDの塗膜は、このシリカの骨格を持つガラス質の膜です。

石油系の有機樹脂は、骨格をなす炭素結合が紫外線と酸素によって切断されるため、白亜化(チョーキング)・黄変・ひび割れといった劣化が進みます。これに対してSi–O結合は、ケイ素がすでに酸化しきった状態の結合であり、紫外線でも分解されにくい安定した骨格です。MARINE/MARINEαの塗膜は、公報に記載されるとおり、このSi–O骨格を持つ有機ケイ素系の組成であり、「シリカの骨格を持つガラス質の膜」として形成されます。

シリカ物質名・SiO₂
水晶結晶の姿
ガラス溶かして固めた姿

もとは同じ SiO₂

たとえ話ガラスのコップとプラスチックのコップ、0年目と10年後の比較イラスト

たとえば、海辺にガラスのコップとプラスチックのコップを置いてみてください。10年後、ガラスはそのままの透明。プラスチックは紫外線と酸化で白く濁ります。船底の膜も同じです。どちらの側の素材でできているかで、10年後の姿が変わります。

同じAQ SHIELDシリーズのリキッドクリスタル(液体水晶)も、その名に「水晶(クリスタル)」を冠する製品です。

01 — HISTORY

問題解決の系譜

防汚技術の歴史は、「効くが環境に残る」「環境に優しいが仕組みが複雑」という二つの壁の歴史でもあります。公報が整理した先行技術と、本方式の位置づけをたどります。

溶出型 — 効くが、海に残る

自己研磨型(SPC)に代表される従来方式は、TBT(トリブチルスズ)や亜酸化銅などを塗膜から海水へ溶かして効かせる仕組みです。効果はあるものの、非標的生物への影響や海底への重金属の蓄積が問題となり、IMOによるTBT全面禁止など国際規制の対象になりました。

外部電源型 — 固定構造物には効くが、船には使えない

特許文献1(米国特許第7950452号)は、海洋掘削構造物の周囲に電極を置き、外部電源で海水中のイオン濃度を制御して付着を防ぐシステムです。固定構造物には有効でも、船舶のような移動体では周囲の海水イオン濃度を一定に保てず、採用できません。

磁場配向型 — 発想は近いが、溶出と手間が残る

特許文献2(国際公開2024-224120号)は、磁性ナノロッドを外部磁場で配向させる方式です。しかし水溶性樹脂が徐々に溶けるため成分も一緒に離脱してしまい、「溶出に頼らない」概念から外れます。さらに製造時に外部磁場による配向が必要で、単に塗布・乾燥するだけでは塗膜を形成できません。

本方式 — 塗って乾かすだけ

本発明の回答は「担体に結合させていない超常磁性マグネタイトナノ粒子を、溶けない室温硬化性塗料にそのまま混ぜて、塗って乾かすだけ」。外部電源なし、磁場配向なし、溶出なし、そしてリコート(重ね塗り)が可能です。先行技術の「複雑な複合化」を不要にした点が、新規性の芯だと公報は位置づけています。

防汚技術の歴史と本方式の位置づけを示した図解。溶出型・外部電源型・磁場配向型の課題と、塗って乾かすだけの本方式を4つ並べて比較
防汚技術の系譜(図解)左から、溶出型 → 外部電源型 → 磁場配向型 → 本方式。本方式はローラーで塗るだけ、という簡素さが先行技術との差です。
特許資料シート01「問題解決の系譜」。溶出型・外部電源型・磁場配向型の課題と、本方式の回答を整理した図
資料シート01:問題解決の系譜先行技術の課題と本方式の位置づけを、1枚に整理した資料です。
02 — MECHANISM

仕組み — 外部電源なしに、なぜ効くのか

他方式が「外部からエネルギーを与える」(電源・磁場)のに対し、本発明はエネルギーを現場で調達する発想です。鍵は、海水の流れと、粒径5〜20nmの超常磁性ナノ粒子にあります。

仕組みを示した図解。海水の流れと粒径5〜20nmの超常磁性ナノ粒子が極微小な電流・磁気勾配を生じ(推定)、初期付着を阻害するイメージと解説
作用の仕組み(図解)塗膜の上を海水が流れると、塗膜中の超常磁性ナノ粒子との間で極微小な電流や磁気勾配が生じると考えられています。下記のとおり、これは公報上の「推定」です。

エネルギーの出どころは、海水の流れ

船舶の進行や波によって、塗膜の表面では海水(電解質溶液)の流動が常に生じます。公報によれば、この流動が塗膜中の超常磁性流体に対して電磁誘導的に働き、極微小な電流や磁気勾配を生じさせる、とされています。

作用メカニズムは「推定」です。
公報は、その微小電流・磁気勾配がフジツボ・海藻・バクテリア等の細胞膜電位を乱し、初期付着(バイオフィルム形成)を阻害することで良好な防汚性が発揮される、と推定しています。同時に公報自身が「詳細な理由は今後の研究による解明を待つ必要がある」と明記しており、実証済みの事実として断定はしていません。このページでも、その位置づけのままお伝えします。

なぜ粒径5〜20nmなのか

配合する超常磁性流体は、粒径5〜20nmの四酸化鉄(Fe₃O₄)ナノ粒子を含むものです。20nm以下では粒径が小さいほど良好な超常磁性を示すようになる一方、5nm未満の粒子を作るのは困難です。この物理的な事情が、そのまま請求範囲の「窓」になっています。公報の実験で実際に使われたのは、平均粒径10nmのマグネタイトです。

超常磁性とは

公報の定義では、強磁性体やフェリ磁性体のナノ粒子に現れる現象です。通常の磁性体では磁化の向きが整列して磁化状態を保ちますが、粒子がナノスケールになると熱によって磁化の向きがランダムに変動し、巨視的な残留磁化はゼロになります。その一方で、表面積と体積の比が非常に大きいため外部の磁場に対して敏感で、高い磁気応答性を示します。「磁石にくっつきっぱなし」ではなく「必要なときだけ応答する」性質、と読むことができます。

特許資料シート02「磁気エネルギーの肝」。超常磁性ナノ粒子の粒径と含有量の窓、貝付着性の用量反応を整理した図
資料シート02:磁気エネルギーの肝粒径5〜20nmという窓と、含有量の用量反応(0部△/2部△/5部○/30部○)を整理した資料です。
03 — COMPOSITION

数字で読む組成と性能

請求項に書かれた数値には、それぞれ「なぜその範囲なのか」という理由が公報の中にあります。主要な数値を、理由とあわせて並べます。

項目公報の数値範囲の理由(公報の記載)
超常磁性ナノ粒子の粒径5〜20nm(四酸化鉄 Fe₃O₄)20nm以下で良好な超常磁性を示し、5nm未満の粒子は製造が困難
超常磁性流体の含有量塗料成分 110質量部に対し5〜30質量部5部未満では防汚性が劣り、30部を超えると粘度が高くなりすぎる等、塗料成分自体の特性が劣化する
ベース樹脂の粘度0.1〜50Pa・s(23℃、両末端シラノール基の直鎖状オルガノポリシロキサン)0.1未満では塗膜の伸びが不足し、50を超えると塗膜形成時の作業性が劣る
反応生成物のモル比アミン化合物1モルに対し、チタンアルコキシド化合物 0.1〜0.3モル0.1未満では未反応アミンが増えて基材への密着性が弱くなり、0.3を超えると未反応チタンが増えて塗料の安定性が劣る
反応生成物の固形比オルガノポリシロキサンに対し 0.5〜10質量%0.5%未満では密着性不足で防汚効果が得られず、10%を超えると増粘してゲル状になる

※ 反応生成物とは、ビス(トリアルコキシシリルアルキル)アミン化合物とチタンアルコキシド化合物の反応生成物です。チタンアルコキシド単体は水分で白色の酸化チタンを作りますが、この反応生成物は実質的に透明で、水分に対しても遥かに安定だと公報は述べています。

特許資料シート03「数字で読む組成と性能」。粒径・含有量・粘度・モル比・固形比の数値と根拠を整理した図
資料シート03:数字で読む組成と性能請求範囲の数値と、その上下限の理由を整理した資料です。
04 — TESTS

試験の読み方

公報の実験は、含有量を段階的に変える「用量反応」の設計と、置き方が明確な比較対象によって、結果の読み取り方が分かるよう構成されています。

含有量の異なる試験板6枚を並べ、付着の多い板と付着のない板の対比を示した模式図
試験板の模式図(イラスト)写真のように見えますが、実際の試験写真ではなく、用量反応の結果を表した模式図です。実際の浸漬試験の試験板写真は、ホームページの「瀬戸内海での浸漬試験」でご覧いただけます。

浸漬試験の条件

試験片はFRP板(148×210×5mm)にローラー塗装し、室温で24時間乾燥+2週間養生したもの。これを鉄製板に固定し、ロープで海中へ吊しました。場所は岡山県倉敷市玉島の乙島漁港付近、期間は2025年3月27日〜10月8日(約6か月半)で、付着生物が活発な暖かい時期を含む期間です。

試験片超常磁性流体の含有量貝付着性の評価
実験例1(ベース塗料のみ)0部△(わずかに付着)
実験例22部△(実験例1より少ない)
実験例35部○(付着なし)
実験例430部○(付着なし)
比較:シリコーン樹脂防汚塗料—×(全面に付着)
比較:市販のプロペラ防汚塗料—○(付着なし)

※ 含有量は、塗料成分110質量部に対する質量部です。無添加 → 2部 → 5部 → 30部と段階を刻むことで、「効き始める閾値」が5部付近にあることが示されています。最適範囲は5〜30部です。なお公報は、市販のプロペラ防汚塗料は本来エポキシ系プライマーと併用する製品だが、対比の都合でプライマーなしで試験した、と条件を注記しています。

リコート試験 — 分類0と分類5

重ね塗り(リコート)後に、JIS K 5600-5-6のクロスカット法で密着性を評価した試験です。発明例(実験例1〜4)はすべて分類0(剥がれなし)。一方、シリコーン系の比較例は分類5でした。撥水・撥油の離型性が高いシリコーン系塗料は本質的にリコートが難しいとされ、その対比が数値で裏付けられています。

05 — APPLICATIONS

適用先

公報が産業上の利用として明記している対象は、船舶・海洋構造物・沿岸インフラ・海水を利用する工業プラントです。電源方式が使えない「移動する物体」と、溶出が許されない場所の両方に届くことが、本方式の位置づけだと公報は示しています。

公報に明記されている対象

船舶/海洋構造物/沿岸インフラ/海水を利用する工業プラント。

公報の記載から読み取れる応用の連想

以下は公報の明記ではなく、記載から読み取れる応用の連想です。発電所・工場の海水取水設備(「海水を利用する工業プラント」の具体像)、港湾のブイ・浮標、定置網・養殖施設など電源の確保が難しい海上設備(「外部電源を必要としない」ことの裏返し)が、その例として挙げられます。

特許資料シート04「適用先と資料構成」。公報明記の適用対象と、資料の構成を整理した図
資料シート04:適用先と資料構成公報が想定する適用先と、本技術資料の構成を整理した資料です。
06 — PRIOR ART

特許文献3について

本発明の出発点は、防汚ではなく「防錆」でした。その経緯が、この技術のもう一つの顔を物語ります。

発明者ら自身の先行特許

公報の引用する特許文献3(特許第7450866号)は、本発明の発明者ら自身による先行特許で、特定の直鎖状オルガノポリシロキサンと、ビス(トリアルコキシシリルアルキル)アミン+チタンアルコキシドの反応生成物を含む、室温硬化性の透明防錆塗料に関するものです。

ベース組成の出発点

本発明のベース組成は、この透明防錆塗料の系譜にあります。つまり出発点は「防錆塗料」であり、防汚はその上に見出された機能です。発見の核心は、その防錆塗料に超常磁性マグネタイトナノ粒子を「そのまま」含有させるだけで、外部磁石で粒子を配向させなくても、粒子を他成分と結合させなくても、良好な防汚性が得られた、という点にあります。

防錆という、もう一つの顔

公報は、反応生成物とシラノール基末端オルガノポリシロキサンの組合せにより、長寿命の防錆性を備えた塗膜が得られる、とも述べています。防汚と防錆が一つの塗料に同居する背景には、この出発点があります。

特許資料シート05「特許文献3の正体」。発明者ら自身の先行特許である透明防錆塗料と、本発明との関係を整理した図
資料シート05:特許文献3の正体先行特許(透明防錆塗料)が本発明のベース組成の出発点であることを整理した資料です。
07 — BIBLIOGRAPHY

書誌事項

特許公報(特許第7936642号)の書誌事項です。権利関係を正確にお伝えするため、特許権者を明記します。

特許番号特許第7936642号(B1)
発明の名称海洋生物付着抑制防汚塗料
出願特願2026-98643
登録2026年10月7日
公報発行2026年10月16日
特許権者株式会社フェクト(開発会社)
発明者安田海人、高田康哲、黒木悠、新谷精豊(いずれも株式会社フェクト)
販売メーカー株式会社AQ
本サイトの運営earth Beauty ltd(AQ SHIELD 正規代理店)

※ 特許権者は株式会社フェクトです。株式会社AQおよび earth Beauty ltd は特許権者ではありません。AQは販売メーカー、earth Beauty ltd は正規代理店として、本技術の製品をお届けしています。